静岡市No.1タクシー会社 静鉄タクシー株式会社

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競わない「しぞーか人」
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のんびりずむ の すすめ ♪

 静岡市は、標高3,000m超の、南アルプス山系から、水深2,500mの駿河湾があり、豊かな自然環境、それでいて、東京まで、新幹線で1時間。高速道路も東名高速、新東名と、2時間もあれば、都内へ行ける、適度な距離感が自慢です。
 また、コンパクトシティーと言われ、市街地は、車で20分程度の範囲で、通勤時間は、10分程度の方が多いですね。

 豊富な食材、豊かな自然環境、それでいて、適度に都会。
必要なものは、何でもそろう。情報、文化、製品、食材、時間、ゆとり....

 「のんびりずむ

 静岡の生活スタイルです。

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競わないシゾーカ人

 しぞーか人は、競うことを嫌います。

 もともと、家康直轄地であり、豊かであったことがベースにあります。藩ではなく、府中なのです。
競わなくても、富が落ちてくる。野に出れば野菜もあり、山に行けば獣畜がある。海に出れば魚が採れる。まず、食材が豊かである。そもそも、室町幕府ナンバー3の今川家によって、富や技術が集まっていたところ、家康によって磨きが変えられる。応仁の乱によって公家文化や木工細工、漆職人、撒絵職人、金物職人など、高度な技術集団がいたこと。その後、駿府城、城下町、浅間神社、東照宮などを建立し、全国の名工がそのまま移住して技術を伝承していったこと。
 黙っていても、参勤交代で宿泊を含め街道が潤い、東海道本線が敷かれ、駅ができ、やはり、宿泊、弁当屋が儲かり、東名高速ができ、トラックが行き交い、新幹線ができ、ビジネス客が増え、無いものは空港だけと言われたけど、静岡空港ができ、なんと外国にまでつながってしまった。全国他の地方の方々に申し訳ないが、陳情、住民運動などなど、大変な苦労の末の公共インフラが、気が付いたら整っている。そんなイメージです。もちろん、陰でいろいろ調整された方がいるのですが、一般住民からすれば、何もしないけど、「ある」という感覚です。

 商売も、こちらから出向きません。こちらか動けば、売りたくて仕方ないと足元を見られる。だから、向こうから来るのを待つ。向うから「欲しい」とくれば、値引きどころか、値増しもできる。
 狭いコンパクトシティーが故、争いが嫌い。腹が立っても顔には出さず、にっこり「また来ます」と言って、二度と来ない。

 そんな風に思われています。

 口が悪い人は、しぞーか人は、お店で買ったお客の方が「ありがとう」という。いまだに、「売ってくれてありがとう」と、お客に言わせるのか。という人もいる。

 それは、一部そんな気持ちもあるかもしれませんが、本当のしぞーか人の気持ちではありません。

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 しぞーか人は、基本的に、のんびりやさんです。気候が温暖で、起伏の少ない平野に住み、特に苦労しなくても食材にありつける。ただ、大きな産業は無く、限りなく地域経済の枠の中で財が回っているのです。大都市近郊型都市とか、他の地区に寄り添っている経済圏ではなく、東に薩埵峠。西に宇津ノ谷峠。2峠6宿の中だけで、地産地消で周っている経済だからだと思います。

 例えば、東部の三島、沼津地区。東海道線にしても、小田急線乗り入れ接続にしても、東京、新宿、今は、埼京線、東北線、上越線にまで、繋がっています。「静岡」というオリジナリティーを残しつつ、首都圏経済圏と繋がっています。
 西部の浜松も、名古屋、岐阜方面まで直接電車が乗り入れていて、中京圏のスーパーや飲食チェーンが展開していて、やはり「静岡」というこだわりもありつつ、中京圏の一部になっているようです。
 しかし、静岡市(と周辺)は、静岡県東部とも、西部とも違う、独立した商業経済圏を確立しています。今でこそ、全国チェーンの店なども多くなりましたが、それも地元資本による代理店の様な展開をしています。人の移動もしかりで、通勤圏も東側はせいぜい富士、富士宮までで、西側は牧之原台地を越えません。まさに静岡県中部地方、昔の「駿河の国」なのです。

 ある意味、閉鎖的な環境であるにもかかわらず、東西の情報や文化はちゃんと伝わっていて、独自の経済関係を保っている、ある意味、独特な感覚のなか、のんびりと生活しているといったイメージですね。

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 そして、しぞーか人は、物にこだわりを持つ人が多いです。表面的なことをあまり追わず、小さな事にもこだわりを持って考える人が多いと思います。不思議なことに、静岡は食品メーカーなどの試験販売に選ばれることが多いです。それは、関東、中京、関西や山梨、信州といった地域との交流が深く、白味噌から赤味噌、豆味噌などいろいろな「味噌」が出回っています。関東で流行った物、関西で流行った物。いずれも静岡でも展開をします。逆に言えば、東も西も混在する、一番平均的な土地柄なのかも知れません。そのため、「静岡で認められれば、全国で売れる」といわれ、食品サンプルなどの展開がいち早く行われることが多いです。
 悪く言えば、どこかの流行り物に敏感になり、いち早く取り入れようと躍起になっているのではなく、望む、望まないはともかく、全国の流行り物が普通に手に入る土地柄ともいえます。競う必要が無いのかも知れません。
 静岡人は、熱しやすく、冷めやすいです。一時、静岡人は熱しにくいと言われていました。でも、おそらくそれは誤解でしょう。瞬間湯沸かし器のように、瞬間的に熱します。でも、冷めるのが速いのです。それは、前述のように、何でも手に入るからでしょう。初めての物に興味はある。何でも「初めて」が好きであります。でも、次から次へと「初めて」が出るため、ちょっと前の「初めて」には興味が無くなります。すぐ飽きちゃうのかも知れません。
 だからこそ、物にこだわるのかも知れません。日常的なことには、さほど興味が無く普通に流していても満足できます。が、ひとたび、「これは」と思うと、とことん、こだわってみる。そんな気質が、上質な「お茶」を栽培し、細かな「伝統工芸」を維持発展させていく原動力になっているのではないかと考えられます。

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 よく物価が高いと言われます。それを、「お高くとまった商売気質」という人たちがいます。たぶん、そうでは無いと思います。商いをする側が「お高く」しているのではなく、そのものに「こだわり」を持つ気質が、作った人を尊重するためにも「高くても買う」という文化を形成しているのだと思います。
 もう40年近い昔ですが、とあるスーパーが、開店記念セールと称して、生卵10個入り1パックを10円で売ったことがあります。長打の列かと思いきや、閑古鳥が鳴いていました。「生産者を馬鹿にしている」と、自然発生の「不買運動」で、開店数日で閉店しました。確かに当時、静岡市は、鶏卵の産地であり、多くの生産者がいたこともあります。生産直販でも、1パック100円が普通であったのですが、通常のスーパーで、「1パック95円、おひとりさま1パックまで」なんてセールをすると、飛ぶように売れます。でも、「10円」では売れなかったのです。
 お店で買い物をしたお客が、お金を払って店を出るときに、「ありがとう」と言います。これは、「売ってくれてありがとう」と、お高くとまった販売店側に頭を下げていると、評する人がいます。これも誤解です。静岡人は、「楽しく品選びが出来て、良かったですよ。良い雰囲気をありがとう」と、商品の対価の支払いとは別に、良い雰囲気を提供した「サービス」を評価をし、「ありがとう」とお礼を言っているのです。

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 気に入らない取引となってしまっても、相手を重んじ、でも自分の気も収まらない。だから、「ありがとう、また来ます」とお礼を言うも、二度と行かないのです。何で来なくなったか、気になるのであれば、気づいて改善してね。という思いです。「気に入らない相手に文句を言って、謝罪させるとして、何を生むのでしょうか?争っても、結局、気が収まらないのは変わらないし、相手も本気で改善するわけもない。だったら、自分が「我慢」して退くだけのことではないか。これを気に入る人もいるであろう。でも、自分は気に入らなかった。だから、自分がその店に行かなければそれで良いではないか。」と、相手を尊重するからこその行動かと思います。
 まぁ、この点は、他の地区から来られた人は、「静岡人は怖い。また来ますって言って、二度と来ない。どこが気に入らなかったのか、言ってくれれば良いのに、さっぱり見当がつかない」と逆に通じないことも多いようですが。

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 静岡市は、旧市街地でも人口40万人程度ですが、この程度の中堅都市で、一時百貨店を4店持っていました。これは、お中元、お歳暮などお使い物の場合、「高級」な「百貨店の包装紙」が重要視されたからです。安い物を好むのではなく、高い物を好む。でも、収入が多いわけではありません。その結果、普段の生活にはあまりお金を使いません。相手によく思われたいので、贈答品にはお金をかけます。その延長線上が、全国旅行の際のお土産購買金額が全国一といわれる所以です。人さんにはよくお土産をあげたくなるようです。

 普段使いお金が少ない例として、外食産業が人口の割には少ないといえます。静岡人はあまり外食しない。同じ静岡県内でも、三島沼津や、浜松と比べ外食店やチェーン店が少ないことは、街を走れば気がつきます。おそらくデータを見たらそういう結果になっているかと思います。でもそれは、前述のように、とにかく安い物にはしるのではなく、欲しいものでも、時として我慢をする。要らない物は買わない。その代わり、本当に必要な物はしっかりと買う。そういう感覚が自然と身についているのだと思います。
 最近では、ネット通販を代表する流通革命や、核家族による伝統文化の伝承が減少しているなどの影響もあり、その傾向も少なく感じられます。でも、確実にその気質は根強く生き残っていると感じています。

 これが「しぞーか人」ですね。

 しぞーか人は、のんびりずむ
 競うことをせず、派手な事も好みません。
 かといって、だらだら過ごすことも好きではありません。
 のんびりと、生活を楽しむことが好きなんだと思います。

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