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しぞーかの伝統工芸品



駿河和染ギャラリー (県指定郷土工芸品)

駿河和染350-min
(写真提供:静岡市産業振興課)
 静岡市は、古くから、渡来人と思われる技術屋集団による機織(はたおり)等が盛んで、いまでも地名として、服織(はとり)、賎機(しずはた)、麻機(あさはた)などが残っています。今川時代に木綿が作られるようになり、また、織物と並んで、染物も盛んとなり、染物屋(紺屋)の職人集団「紺屋町」が形成されていました。木綿に加え、安倍川流域で、葦が盛んに栽培され、葦による藍染が盛んにおこなわれるようになりました。安西から、呉服町、紺屋町、伝馬町、横田町にかけて、多くの紺屋・呉服商があったとされています。その後、明治になると、機械による染物や他の安いものなどにおされ、衰退していきました。そこに、安西に生まれ人間国宝になった、芹沢銈介らによる民芸運動などで染色技術と芸術性が向上し、伝統の駿河和染が復興となっていきました。伝統の型紙や筒描き等の技法により、藍色と白のコントラストの高い作品が多いのが特徴です。作品も、呉服物から、ストールや、小物入れから、インテリアの一部などに使われるようになってきています。

 芹沢啓介 作品

芹沢啓介風350-min

 芹沢銈介は、静岡市で生まれ、伝統の駿河和染の復興を思い、駿河和染の伝統を用いて、斬新なデザインを施し、呉服ものから、ストール、小物入れなど幅広く使えるものへと発展に貢献しました。静岡市民文化会館中ホールの緞帳も、彼のデザインであります。現在は、レプリカものが多く出回っています。静岡の古いお宅にお邪魔すれば、必ずと言って良いほど、芹沢銈介デザインの座布団が出されたり、テーブルクロスを目にすることがあるでしょう。それほど、静岡市民に深く愛され、また日常的に使われているところが、まさに、人間国宝だった所以と思います。
 駿河和染=
芹沢銈介ではありません。芹沢銈介は、静岡市呉服町の呉服卸商に生まれ、東京高等工業学校(元東京工大)に学び、静岡市安西の芹沢家に婿入りしました。民芸運動の仲間とデザインを学び、沖縄の紅型に出会い、独特の画風を作り出していきました。そのこともあり、技法がすべて駿河和染ではありません。どちらかと言えば、沖縄の紅型の影響が強いとされています。しかしながら、そのベースになった物は、間違いなく、駿河和染の心であったと思われます。
芹沢1-min
なす 額入り
A氏 個人所有
芹沢啓介春夏秋冬クロス-min
春夏秋冬 テーブルクロス
S社 社有
芹沢啓介いろは350-min


芹沢啓介いろは詳細350-min
代表作の「いろはにほへと」
いくつも似たデザインや色違いもあります。
また、静岡市民文化会館の中ホールの緞帳も、これをモチーフにした物です。和染めの染料を斬新に使い、何度も型染めを繰り返します。
芹沢啓介いろは着物柄350-min


芹沢啓介いろは着物柄詳細350-min
こちらは、着物の柄としてデザインされた物
拡大すれば、なるほど「いろは」とわかりますが、遠目で見るとかわいらしい図柄に見えます。

 皆さんのご自宅にも、自慢の駿河和染がありましたら、ご紹介してね!

伝統工芸バナー250-min
投稿フォーム250-min


 東海道を歩いていたら、偶然「有松絞」に出会いました。ちょっと覗いてみましょう。
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