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めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~シーズン2・第11話
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吹部バナー250-minちょっと一息250-min

連載オムニバス

めざせ!東海大会 ♪

~ある吹奏楽部の挑戦~
めざせ!東海大会イメージ350-min


 かつて黄金期とまで言われた、地方中学校。担任が変わったこともあり、A編成すら維持すら心配されるようになってしまった。「これではだめだ!私が3年で東海大会に連れていく!」新たな吹部顧問を迎えて、新生山田中学校は、東海大会に向けて、新たな挑戦を始めるのであった.....。



シーズン2 第11話 

2度目の定期演奏会

 美奈たち
年生が主力となる定期演奏会が始まろうとしていた。昨年は、静岡市民文化会館の中ホールであったが、今年は大ホールでの演奏となる。それは、できるだけ大きなホールを経験した方が良いと言うことと、部員数の問題があった。
 夏コンは、大ホールクラスのホールを使う。地区大会は、ここより少し小さめな焼津文化会館であるが、県大会は、浜松アクトシティーでここよりも大きな会場である。ホールは大きければ大きな程、音の反響がわかりづらくなる。シンとした真っ暗な客席に吸い込まれそうになる。その雰囲気に負けないためにも、ホール慣れする必要がある。そういった考えと、もう一つは、部員数86名が配置でき、第2部ではちょっとしたアトラクションをステージ前で行ったりする。総スペースを考えると、もはや中ホールでは手狭であった。
 しかし、それは集客という別の問題が出てきたのである。誰だって客入りの悪い会場で演奏はしたくない。会場満席であれば、演奏する側も楽しいし気合いが入るけれど、空席が目立つ会場では、今ひとつ乗りが悪くなるものである。そしてそこは保護者会の努力するポイントである。

 従来は、AOIホールであった。ここは618名の客席であった。それでも440名の集客であった。そして、昨年の市民文化会館中ホールは、1,017名の会場で、650名の実績であった。そして今年の大ホールは、会場全体では1,968名収容であるが、1階席だけで1,544席である。見た目で8割入るとほぼ満席のように感じる。これ以上詰めるとなると、案内係が、「座席をお詰めください」などと言って回らなくてはならない状況となる。9割では、もう座席指定でも無い自然着席では詰めれない限界であろう。そういう意味で、1,200名が「ほぼ満席」であるが、おそらく1,000名を超えると2階席を開けるということになる。その手前、「1階席を満席に!」が目標であった。
 そのために、自衛隊の演奏会で4,000名の観客にチラシを配ったことを皮切りに、市民団体の演奏会や、近隣高校、大学の演奏会でチラシを配ってもらうこととなった。吹奏楽の演奏会は、お互い友好的にチラシの配布を行う習慣がある。中学校はそういう所に出て行かないので、あまりやっていないが、高校や市民団体は常日頃そのような協力関係にあるようだ。
 保護者会の会長が、1月から3月までの演奏のある団体に声をかけて、チラシ配布の協力を依頼し、2,500部を配ることができた。
 その他、フェイスブック、ツィッターなどインターネットによる情報拡散をすすめ、こちらも合わせて6,000名以上の閲覧があった。情報を知ったからと行って、会場に足を運んでもらえるわけでは無いが、どこかで目に触れる回数が増えれば、集客が見込めると考えたからである。

 保護者会をはじめとした周りの援護射撃は準備が整ってきた。当の本人達の成果はどうなっているのであろうか。通常、定期演奏会は、当日朝会場入りして練習をして、夕方から演奏開始して、夜に終わるというパターンが多いが、今回は、できるだけ小学生達に来てもらいたいと言うことから、昼の13時半からの演奏となった。そのため前日17時より会場入りして、2,1年生だけの第1部の練習を夜間行い、当日午前中3年生を入れての第2部のリハーサルを行い、本番に備えるというスケジュールとした。2日かけるのは、初めての試みであった。

 そして、楽器搬入が終わり、会場設営が済むと、第1部の全体でのリハーサル練習が始まった。
 ここに大きな成長が生まれた。

*    *    *

 第1曲めのアルセナールは、もう何度演奏してきたことであろう。楽譜自体はもう暗譜でも吹けるほどである。その楽譜も、鉛筆やカラーボールペンで「強く!」とか「早く!!」などと書かれてむしろ読めないほどである。音符を追うのでは無く、この指摘ポイントを読んでいるのである。
 美奈は、C(ツェー)の音を探していた。俗に言う「ド」の音である。一般に吹奏楽は、B♭(ベー)で演奏されることが多い。それは、トランペットや、クラリネットなど主要楽器の主音がB♭で作られているからである。
 一般的なハ長調(ツェー)からちょうど1音低い音階である。ところが、美奈のオーボエは、フルートと同じ、C(ツェー)で作られている。オーボエは、リードの直径がわずか4mmしかなく、接続部分に余裕がない事もあり、音程を調整することが難しい楽器である。わずかな気温や湿気によって,音はどうしてもずれるのだが、他の楽器はマウスピースの位置をずらしたりして容易に音程を変えることができる。フルートなどはもともと接合部を1cm程度開けて接合することを基本としているほどである。多くの楽団では、A(あー)、一般に言う「ラ」の音をベースに全楽器の音程を揃える。このAの周波数は、楽団によってまちまちであるが、ここ最近は442Hz(ヘルツ)が主流のようである。みんなが調音するチューナーも、442Hzか、440Hzか設定出来るようになっている。ただ、今日の環境で出る音は、その場で無ければわからない。そのため、ホールに置かれているピアノなどで調音することが多いようだ。まず、オーボエがちゃんとした音程を作り、演奏直前に全ての楽器で音合わせをする。管弦楽だとコンサートマスターのバイオリンが基音を決めるが、吹奏楽はオーボエが決める。その際、楽器の基音がC(ツェー)なので、C(ツェー)で調音した方が楽である。そのために、美奈はC(ツェー)の音を探していたのである。自分の頭の中にあるC(ツェー)に一番近い実音を演奏中に探してイメージを作ろうとしていた。そこに気を取られていて、気を抜いた瞬間、音程のずれた音を出してしまった。頭の中が真っ白になり、音符が頭からこぼれ落ちていった。自衛隊の演奏で、4000名を相手に楽しんで吹けた美奈であるが、さすがに定期演奏会は今までに無い緊張感に包まれていた。
 指揮の三田が、ぱっと鋭い視線を美奈に当てた。睨んでいた。以前、三田が美奈に言った言葉がある。「オーボエの独特の音色は、どんなにトロンボーンがぶっ放しても、チューバが大きな音を出しても、ちゃんと聞き分けられるからな!」と。美奈は、「やばっ」と思った瞬間、嬉しくなった。60人が演奏しているのに、先生はちゃんと私の音をわかっていてくれる。いい音が出ていても何も言われないが、一瞬でも外すとすぐに目線を送ってくる。つまり、ちゃんと聞き分けてくれているんだという、そのことが嬉しかったのである。これで美奈は吹っ切れたようだ。

 第2曲目のリュートのための古風な舞曲は、木管を重視したハーモニーの素晴らしい曲である。顧問の三田は、華々しいトランペットなどの金管楽器重視の曲よりも、クラッシック系の繊細でハーモニーを重視する曲が好みである。自身は金管楽器でトランペットから入ったのだが、ホルンの熱く丸い響きに惹かれ、ホルン奏者となった。ホルンは金管楽器であるが、むしろ木管楽器と音が合い、木管五重奏では、フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットと、木管楽器としてカウントされている。
 この曲は、オーボエのソロがあり、オーボエ、フルート、クラリネット、ファゴットの独特の深い響きが特徴である。なぜこの難しい曲を選んだのか。それは、アンサンブルコンテストでの木管五重奏の成長ぶりに期待したからであろう。中学生にはまだ難しい曲である。それぞれの楽器が正確な音を出せてこそのハーモニーである。少しでもずれると濁った泥水のように、ドロドロとなってしまう。定期演奏会で素晴らしい演奏を、と言う事より練習曲という意味で採用した。
 美奈のソロが入る。やっとまっすぐな音が出せるようになった。昨年の夏コンではメンバーから外されたが、その悔しさから自分の音に対してシビアに感じ取れるようになっていた。しかしまだちょっと油断すると、最初の音程や、ロングトーンの最後の音がずれたりする。まさに、まだまだ練習しなければならないようだ。華々しい金管中心の音楽では音量に負けるオーボエだが、この曲だと、良いも悪いも自分の音がはっきりとわかる。聞いているみんなにもはっきりと聞こえる。否が応でも練習しなければ恥ずかしい。吹奏楽部員は、言葉に反応をしない。音に反応する。良い音を出す人の言うことは聞き入れるが、下手な音しか出せない人の意見など聞くに足りない。そういう風土がある。ここは、フルートパートリーダとして恥ずかしい音は出せない。
 その思いが、今回の定期演奏会がいつもの演奏以上に緊張することであった。しかし、第1曲のアルセナールの通し練習で吹っ切れたので、思いのほかなだらかに音が出せたのである。

 第3曲目の「セドナ」、この曲は、マリンバがリードするリズミカルな曲である。なぜこの曲を選んだのか、それは、顧問の三田の思いがあった。
 昨年のアンサンブル校内選抜、第4位のパーカッションを押さえて、第5位の金管八重奏を出場させた。そのことが心に引っかかっていたからである。このパーカッションチーム、琴音や彩乃であるが、悔しくてその思いを、繁華街の演奏会の練習に当てていた。素早いリズムを何度も何度も繰り返し練習を重ねていた。他のチームが驚くほどに、ストイックにマリンバのマレットを小刻みに叩くのであった。その姿、音、心に突き刺さるのであった。
 そのこともあり、琴音のマリンバのための曲「セドナ」をプレゼントしたのである。一般には、マリンバは後方で静かにリズムを聴かせるのであるが、ステージ最前列に出し、まるでマリンバのソロのような演出である。もちろん、それに見合うだけ琴音のマリンバは上達しており、正確に且つ、なめらかにリズミカルに曲をリードできていた。

 さて、大ホールの演奏会であるので、いつもの練習場多目的ホールでの音ではない。ただ演奏するのでは無く、音の構成を考えて配置をし、それぞれ音量を考慮して仕上げていく。でもまだ、音量調整までは難しい段階である。まずは自分の位置でリズムと音程をしっかりと合わせることから始まるのである。指揮の棒を見て演奏をするので、若干の遅延が発生する。さらに音の発生源と自分の耳の位置関係から遅延が発生する。更に、音の指向性の関係からドップラー効果が現れ、微妙な音程のずれが発生しているのである。狭い会場ではほとんど気にならないレベルであっても、大きな会場であれば音の濁りの原因となり、無視できないのである。

 今まではそんなことを言っても、そもそも音がずれているので、修正しようが無いレベルであったが、ある程度音が出てくると、逆にその濁りが気になる。その微妙な音程のずれをどう修正するかであった。

 セドナの第2節にさしかかるとき、ホルンのロングトーンから、ホルンソロで盛り上がるセッションで、顧問の三田が叫んだ。
「高い!高い!」「ホルン、高いんだよ!」
 確かに、客席で聞いていても若干高く聞こえる。でも、何度もその音程を吹く。
 奈菜は思っていた。「高いって、ちゃんとチューナーは緑のランプがでているよ。私は合ってるはずだ!」
 何度も三田が叫んでいるが、「私じゃ無い!」と心で叫んでいた。ホルンの前に位置する美奈は冷静に「ドップラー効果だよ!」と吐いて捨てた。

 三田がとうとう指揮を中断して、キーボードでその音を弾く。モニタースピーカーから音が出るのだが、このスピーカの方向が客席側からステージに向かっている。つまり逆を向いているのである。そして、ホルンも、ベルはステージ後方を向いている。これがややこしくする結果となる。三田の弾くキーボードのスピーカーから出る音と、ホルンの音は会場で聞いている範囲におけば、ほぼ同じである。スピーカーはキーボードの脇、指揮の三田の耳元に設置されているので、三田には正しく聞けている。しかし、ステージの後方反射板で返されてくる音と若干の音程のずれが生じ、音を濁らせている。ましてや、ホルンも同じ後方にベルが向いているので、奈菜が聴く、三田のスピーカーからの音と、自分が吹くホルンの音はおそらく同じ音程であろう。さらにチューナーも緑を表示している。つまり、奈菜からすれば「正しい」のである。でも会場で聴いていれば「高い」のである。

 そして、三田が次に叫んだ言葉は「このグロッケンに合わなければ、気持ち悪じゃないか!」であった。

 そうである。チューナーの音程でも、スピーカーからでる音でもない、グロッケンは絶対音階でずれることも無ければ、逆に他の音に合わせることもできない。いかなる理由であろうが、グロッケンと音が合わなければ、気持ち悪い。これは誰もが納得できる話である。
 もちろん、奈菜も意味がわかった。これで吹っ切れた。
 もちろん、次の演奏では、ピタリと音を合わせて吹けたのである。アンブシュアが定まらず音がずれていたのではない。どこに合わせれば良いかがわからなかったのである。ちゃんと合わせるべく「音」を指示すれば、合わせられるのである。
 金管は、とかくアンブシュアが安定せず音程がずれやすい。トロンボーンとホルンはその代表のような存在だ。でもこの一件で見事に音程が合ってきたのである。見違えるように音が澄んでいく。音が澄んでいけば、他のパートも自分の音と出ている音との差がわかり、更に音を合わせていこうとなり、どんどん音が合っていく。
 美奈も「なるほど、グロッケンか」と思った。あれほど探したC(ツェー)の音、グロッケンは普通にでている。あの音だ。誰かが吹いているC(ツェー)らしき音ではなく、誰も調整のきかない固定されたグロッケンの音。考えてみれば、音叉と同じである。音叉のA=442Hzではなく、C=525.6Hzの音である。
 この瞬間、スポンッと抜けた感じがした。先ほどまでの定まらない演奏では無くなった。
 「この子達は化けるのです」顧問の三田の言葉である。まさに今、化けた瞬間であった。

 フルートのソロの部分でテンポが合わない音があった。三田が叫ぶ!「おかしいよ!、ずれてる!」何度もずれる。とうとう演奏を打ち切り「フルート、ずれている、変な音が入っている」と叫ぶと、今日子が「私じゃありません!」と強く言い返した。これには三田が面食らった。「おかしいなぁ、じゃぁ誰だろう....」「じゃぁ、もう一回やってみよう」と再演奏するとちゃんと合っている。今日子は、「回りくどく言わなくてもわかっているから、嫌みを言わないで!」と心で叫んでいる。このあたりが中2病であろう。もう、言われっぱなしの子供達では無くなっていたのである。もちろん完璧じゃないし、ミスもする。でも、ちゃんとわかってきているのである。繊細な中学生女子である。男子生徒のように、ただ叱りつけていたのではへそを曲げてしまう。「お年頃」なのである。

 定演前日は、夜9時手前まで熱のこもった最終調整が行われていた。保護者も詰めかけてお迎えの準備であった。翌日はそのままリハーサルで、楽器は置きっぱなしでよい。帰りの会も早々と終了し、保護者のお迎えで家路に急ぐのであった。いつもは演奏会の前日は興奮して寝れない美奈も、今日はぐったりと眠ってしまうのであった。

2回目の定演リハ

 翌日は、朝から特に寒く、雨が降っていた。楽器搬入が無い家で、3月の下旬だというのに、ファンヒーターが要る冷たい朝であった。会場入りした直後は、会場内が寒く、エアコンをステージ上だけ入れることとした。照明が当たってくればすぐに暖かくなるのだが、さすがに今日は寒い日であった。

 第2部は、卒業したばかりの3年生が一緒に演奏をする。1年から3年まで、たった1回の合同演奏である。86名の大演奏会となる。美奈も久しぶりの大好きな先輩との演奏で心が躍っていた。本番前の緊張はどこへやら、気持ちは高ぶっていたのである。

 さて、第2部は繊細な音合わせでは無く、ソロやアトラクションの立ち位置などの最終調整というか、実際のホールステージでの現場合わせである。何度か演奏経験はあるものの、ステージ裏や袖、裏の楽屋のことまで知り尽くしているのでは無い。もちろん顧問の三田は他の学校でも何度も演奏してきているので裏の裏まで知り尽くしているのだが、この子達は初めての経験である。「裏を回って、袖の扉から回ってこい」と指示をしても、その通り一発で動けるわけが無い。

 「君の名は」メドレー。みんな好きな曲で、適当にソロが入るので、いろいろな吹奏楽部でも演奏されている。ここ山田中では、定演の第2部は、選曲からソロの組み合わせまで、全て子供達で決めている。三田は曲の指導だけである。それでも、ソロの立ち方や、演出の仕方、例えば、ただスタンディングにするか、袖から歩かせるかなど、アドバイスをする。大ホールの距離感がわからないので、どのタイミングで移動したら良いか、そのタイミング合わせが主な通しのリハーサルの意味である。

 トランペットのがステージ脇でソロではいる。スポットを浴びても、もううろたえない。芯のあるまっすぐな音が届いてくる。姿勢良く楽器を水平に持ち、観客席に音を届けている。杏にはこの市民文化会館大ホールは、「プスッ」をやってしまったホールである。でも、今の演奏でその過去は吹き飛んでいった。

 サックスパートがだらだら立って演奏し、適当に座ってしまった。そう、自衛隊の演奏会も全体がそういう感じであった。三田が叫ぶ。「立つタイミングと、座るタイミング、みんなで意識して揃えるように」。自衛隊の時は、そんなことを指示できる状態では無かった。でも、今回はその一言で、ピシッと立って、さっと座る。気持ちよい動きである。その後、トランペットの二人がピシッと立ち、音も動きも見事に同調していた。

 ホルンの奈菜のソロとなり、バック演奏の中、オーボエの美奈と、ファゴットの美由が両サイドから吹きながら歩いて出てくる。木管の優雅な調べとハーモニーが印象的であるが、歩き方が滑稽である。いままで座って吹くことに慣れているので、吹きながら歩くタイミングがつかめない。また、小柄な美奈と、背の高い美由とでは歩幅が違いすぎる。歩き始めは同じステージ脇でも、演奏が終わるときは、美由の方がステージ中央に寄っている。二人の音は見事に合っているのだが、歩く歩幅が全く合わない。二人の戸惑った目が愛らしかった。

 そしてユーフォの美咲の澄んだ響きのソロのあと、サックスカルテットのセッションソロが入る。そこで三田がその場でのスタンディングを改め、袖での演奏に切り替えた。おもむろにステージ前から移動するのだから、さすがに「そんな急に移動するからそうなるんだ、別にいなくてもなんの影響も無いんだからもっと早く立って、反響板の裏手から回って、袖の扉を開けて出てこい。」と指示するも、袖の扉がどこにあるか行ったこともなく、舞台裏では大騒ぎ。花愛達は「どこ!扉、どこ!」ばたばたと走って探して、扉を開けると早すぎたので、一旦閉めて再入場。袖の距離感がわからず、扉を出てすぐに演奏をはじめる。「すみません、そこだとライトあたらないので、もう少しステージによってください」とスタッフの声。

 こうやって、第2部のアトラクションは当日の朝、バタバタと決まっていく。これも山田中スタイルである。本番に強い山田中は、こうやって作られていくのであった。

 「残酷な天使のテーゼ」は、アニメブームもあり人気のある曲だ。2年になって転向してきた彩が、冒頭のソロを務める。曲の途中のソロよりもこの冒頭のソロはかなり緊張する。何をやらせても上手くこなす彩であったが、さすがに何度か音を外す。「吹奏楽は、冒頭の10秒だ」とよく指導されたが、そこがソロだとさぞかし緊張するであろう。しかし、この5月から初めてフルートを吹いて、わずか11ヶ月、1年満たないでのソロ昇格。素晴らしいことである。

 良い事ばかりでは無い。中盤のアルトサックスのソロは、花愛の出番であったが、ソロオーディションで、1年生が獲得したのである。部長であり、パートリーダーであり、2年生が主体の定期演奏会である。誰が見ても2年生がソロのはずである。しかし下克上が起きた。実力社会の芸術の世界としては当たり前のことであろう。うっかり気を許していた花愛のミスである。「響け!」の映画の世界の話ではない。実際にソロを取られた花愛は、泣き崩れるしか無かった。また、周りも声をかける事ができなかった。1年生は戸惑うこと無く、ステージ前方の立ち位置を確認していた。ホール直前練習では花愛はもう泣くことは無かった。しかし心を落ち着かせ平静を保とうとする姿は、痛々しかった。

 そして、押せ押せとなり、30分で昼食を採り、本番となる。その頃、入り口ホワイエでは、保護者会が会場の整理をはじめていた。当初予定した保護者の数では足りず、急遽吹部では無い山田中OB達に手伝ってもらい、チケットのもぎりなどを手分けして行った。この日は春の嵐で先ほど雷が鳴るほどであった。見れば、風花が舞ってきた。静岡で春先に雪が降るなどあるわけが無い、そんな天候となってしまった。にもかかわらず、解放前の入り口には、折り返しができるほどの列ができていた。嬉しいことである。会場と同時に、堰を切ったように観客が押し寄せて騒然としたのであった。それでも、開演直前の会場は、ざらっと半分埋まったようであった。600人は超えているが、若干空席が目立つ。保護者会の会長はちょっと残念であった。

 しかし、開演した後も人が絶えない。話を聞くと、急な悪天候で、駐車場が一杯で入りきれなくて、周辺駐車場も列となっているようだ。更に、隣の中ホールでは、子供向けのイベントをやっているし、会議場では、静岡市内の高校の新入生用の物品販売をやっていた。そんなこともあり、残念なことに、第1部終了した後も人の流れが止まらなかった。「いやぁ、駐車場で1時間待たされた...」そう言ってにこやかに入場してくるお客さんを見て、保護者会の会長の目は潤んでいた。こんな悪天候なのに、そうまでして来てくれる人がいる。嬉しいことである。
 そんなドラマを知るよしも無く、ステージが始まるのであった。

2回目の定演第1部

第1部
1.アルセナール
 山田中では、代々伝わる定番の曲である。マーチではあるが、本当に歩くのではなくコンサートマーチとして、演奏会の最初に演奏されることが多い曲である。テンポもP=100に早められ、マーチらしくなってきた。この速度となると、中盤のトランペットが速いテンポで駆け上がるところが、いつもタンギングが間に合わずボロボロとなるのだが、まぁ、なんとか音が転ばずに演奏できた。昨年のチームが、6月のコンサートシリーズで演奏したレベルが、この3月の定演で達成できたようである。

2.リュートのための古風な舞曲とアリア 第三組曲より
~1.イタリアーナ
 もともとは木管アンサンブルに用いられることが多い曲で、実際トランペット、トロンボーンは吹くパートが無い。さすがに音程や音色が重要な曲なので、3年生だけの演奏である。クラリネット中心で、フルート、ファゴット、バスクラ、コンバスが支えて曲を構成している。フルートは今日子と彩の音が合うようになり、高音域はまとまってきた。低域も美由のファゴット、絵里のバスクラとコントラバスが見事に調和している。しかしながら、メインのクラリネットの音が合わないので、辛い進行であった。明日香のメロディーラインを誰も重ねられず、リードミスや、タンギング遅れで歩調が合わない。このクラリネットパートは、今後の課題であろう。

~3.シチリアーナ
 美奈のオーボエのソロからスタートする。オーボエのどことなく平べったいでも角が丸い音色が曲の雰囲気を造り出している。重ねるクラリネットが硬い音を出している。音が小さいと言うより、音色が合わない。絵里のバスクラがクラリネットの音色の低域を広げてなんとか体裁を保つことができているようだ。このあたりは、練習不足を感じるところである。この曲は、今回初めての演奏となる。

3.キューピッドのマーチ
 転じて、1年生だけのステージとなる。この試みも初めてである。1年生だけでも32名いるので、小編成として十分である。もともとは夏コンの課題曲でもあった曲なので、それを1年だけで吹くという良い経験であった。
 トランペットのファンファーレからリズミカルに金管がリードして進行していく。このあたりも急に上達した1年の金管に期待したところであった。しかしさすがに、大ホールでの演奏で、みんなガチガチに硬くなっていた。これでいいのである。この広いステージ、大勢のお客さんの前で演奏する経験。しかも先輩がリードするのではなく、自分で演奏していかなくてはならない。

4.セドナ
 彩乃の軽快なスネアのリズムで一気に曲にのめり込んでいく。あれほど音が合わないと何度もやり直しを食らったホルンもフルートも、もう何事も無かったように音があっている。そして琴音のマリンバが流れるように演奏する。心地が良い音である。いつしかマリンバしか聞こえなくなるような錯覚を覚える。まさに琴音のための演奏であった。

第2部
5、君の名は メドレー
 フルートのが前奏を奏でている間に杏がステージ袖にすすみ、バックの銀のトランペットの美しい音色が会場を包み込む。そして有名なフレーズに入っていく。素敵な演出であった。奈菜のホルンももう音を外すことは無い。そして、美奈と美由の二枚リードによるソロ。さすが本番に強い山田中である。二人とも歩調が見事にあい、演奏終了の立ち位置も等間隔であった。見ていて気持ちが良いものである。

6、となりのトトロ
 事もあろうに、顧問の三田が、トトロのかぶり物を着ての指揮となる。会場は爆笑である。3年のスーパースター、2人の双子のフルートと、立ち姿の綺麗なもう一人のフルート。体をのけぞらせて吹き上げるクラリネット、思わず腰を振りたくなるテナーサックス、美奈の大好きな先輩のオーボエ。3年生の素晴らしい音が全体をリードしている。夢のような演奏であった。

7、世界名作アニメコレクション
 今年は、サザエさんとちびまる子ちゃんがMCとして登場。アニメがテーマであった。フランダースの犬から始まった。3年生がいれば、少々の音の外れも3年生の音でカバーされる。優子のトロンボーンも、美由のファゴットも元気のようソロであった。そしてアルプスの少女ハイジ。冒頭は、奈菜のホルンによる、アルプスの少女ハイジのアルペンホルンをイメージしたソロであった。これが見事に的を得た。会場内はうっとりしていた。拍手が大きく響いた。クラリネットのデュオもソロマイクでの演奏なら、音量の小ささもカバーできるた

8、勇気100% Brass Rock
 生徒指揮で琴音が指揮を振る。突然叫び声がして、伝説のKPT47が乱入してきた。サッカー部を中心とした17名のイケメンダンサーである。こういった部活を超えての協力態勢、大切なことである。そのダンスの中、明日香と花愛のソロが入った。笑いをこらえての演奏は難しい事であろう。

9、Under the see
 こちらも、定演初登場、副顧問の女性教師の指揮であった。コンサートシリーズ冬では、ミッキーマウスで指揮を振って、今回は人魚という設定。曲もディズニーのUnder the SEEである。
 すると今度は、上半身を脱ぎ捨てたKPTが乱入してきた。最後の男の子はでっかい浮き輪を付けての登場で、会場はまた爆笑となった。

10、残酷な天使のテーゼ
 この演奏のために、第2部の背後の反響板は取り除かれている。そして白い壁に下から何本かの光の柱を照らし出し、音楽に合わせてまるで闘いのビームが炸裂するかのように光る演出を施した。このあたりは顧問の三田のアイディアであろう。子供達は何が起きているかおそらく誰も知らないであろう。その勢いのある演奏には勢いのあるソロである。花愛はそこが弱く、1年生に取られてしまった。それにしても素晴らしい演奏である。これでは誰も文句は言えまい。

2回目の定演第2部

 ここで、部長、花愛の挨拶があった。
 「本日は、お足元の悪い中、会場までお越し頂き、誠にありがとうございました。
 この夏、1,2年生での新体制での活動がスタートし、「みんなの思いを音に乗せて」とスローガンを立てました。・・・・・
・・・・・・ と、・・・・すみません・・・・・・
 私たち一人一人、想って言うことが違っていて、それを皆様に音として届けたいという想いが込められています。今年1年、様々な場所で演奏する機会を頂き、多くの経験を得ることができました。来年度も山田中吹奏楽部は活発に活動していきます。6月には山田地区生涯学習センターにてコンサートシリーズ、3月にはここで定期演奏会を予定しております。こちらの方にも是非ご来場ください。
 毎日、いつも支えてくださっている、たくさんの方々への感謝、私たちの想いは届いたでしょうか?
 最後になりますが、いつも支えてくださっているたくさんの方々に、御礼申し上げます。
 本日は、誠にありがとうございました。


 いつも冷静にしゃべることができる花愛であったが、言葉を詰まらせてしまった。部長という立場ではあるが、花愛本人に起こったことは、大きなことであり、それを想った瞬間、すべての暗記してきた言葉を見失い、しどろもどろになってしまった。真っ暗なステージ、スポットライトで浮かび上がった花愛。シンと静まりかえった会場。何度思い出そうにも言葉が出てこない。
 気を取り直すも、いつもの花愛のスピーチはできなかった。

11、ジャパニーズ・グラフィティXVⅢ~アニメヒーロー大集合~
 鉄腕アトムからスタートである。音の並びが優しいこともあり無理の無い演奏である。次のガッチャマン、この子達はそもそも知っているのだろうか?大人達が子供の頃、ワクワクして聴いた曲とはだいぶイメージが違う物である。そして、ゲゲゲの鬼太郎である。トランペットのベルにサイレンサーを入れ、これを手のひらで塞いだり離したりすることで独特のあの音を演奏する。ちょうどトランペットの杏が、ワンレングスに近いボブの髪型であったこともあり、文句なしの鬼太郎の役である。

アンコール RPG
 このところ、アンコール曲として良く演奏される。今回の演奏にはKPTが応援で踊ってもらえた。KPTはなんと3曲も踊ってくれたのである。女子ばかりの吹奏楽部と男子だけのダンサー。これは会場も盛り上がるし、演奏しているこの子達も楽しく演奏できたようである。

*    *    *

 そして12曲を演奏し終えた。中学校の定期演奏会で、12曲を演奏する学校がどれほどあるのであろうか。数曲を完成するまで何度も練習する学校もあるであろう。でも、9月からの半年で12曲をみんなの前で演奏できるレベルまでになっていること自体がすごいことだと思う。単に曲数を増やすと言うことでは無く、いろいろな表現を覚えると言う事である。また、1曲にかける時間を短くすることで、曲の雰囲気や合わせるポイントなどを体で感じさせるという教育でもある。これからの半年は、逆に夏コン一色になっていくであろう。「楽しい」吹奏楽部はこの定演が集大成である。

 入場は、チケット入場が800名、その他を入れて、880名であった。天候さえ良ければ、1,000名と言ったところか。市内の中学校で、880名も集められる中学校があるだろうか。過去に無い大成果であった。880名という数字は、1階席まずまず埋まっていると言う状況である。演奏する側も満足であろう。

 恒例の打ち上げが展示室で始まった。
 部長の花愛の挨拶があった。
皆さん、お疲れ様でした。
 言葉を失敗して、済みませんでした

 と、ステージの失敗を謝ると、みんな爆笑であった。
あの時、本当に伝えたかったことも含めて、話させて頂きます。
 この定期演奏会をやるって決まった時から、先生に何回怒られたり仲間同士ぶつかったり挫折をお互いに味わってきて、その中でできた定期演奏会だから、よけいに私は楽しく感じました。
 1,2,3年生が揃うと、約90人になって、そんな大人数で演奏できる機会は、ホントに数少なく思うので、今日という日は最高の一日でした。
 1年生は、これからもずっと一緒に活動していく仲間で、ライバルでもあるので、しっかり2年生の背中を見て、なんて言える立場じゃないけど、2年生にしっかり付いてきて欲しいです。
 2年生は、同じ学年として3年間一緒に過ごしていて、お互いに良いところを知っているし、この先もっと一緒に関わっていける仲間なので、これからもよろしくお願いします。
 3年生はまず、ご卒業おめでとうございます。3年生の先輩からは、多くのことを教わって、1年生も2年生もホントに先輩と一緒に、今日定期演奏会を演奏できて、嬉しく思っています。これから、高校で吹奏楽を続ける人、続けない人もいると思うんですけど、またこうやって、1,2,3年生が集まれる機会があったらいいなって思います。
 先生方も、保護者の方の皆さんも、今日の演奏を支えてくださって本当にありがとうございました。

 花愛は終始笑顔で挨拶ができた。嬉しくてたまらないのだ。もう、完全に吹っ切れている。

 誰もが必ず大舞台で失敗する。でも、その教訓がその人を高めていくのである。そういう意味で、失敗は大切な武器である。その時は辛いことである。涙が止まらなく体を震わせたことであろう。でも、その流した涙の分、人は人に優しくできるし、人を感動させることができる。

 他の部活では「三送会」と言って三年生を送る会があるが、吹部は演奏会とその打上が、まさに三年生を送る会である。そして、それは大好きな先輩と本当に最後の宴であった。涙も出るし、思い切り笑うし。三年生の部T(オリジナルTシャツ)は、みんなのサインがぴっしり書かれている。テーブルのかしこで、悲鳴のような笑いが聞こえ、絶頂であった。この喜びはまた、厳しい練習を乗り越え、お互い言い合ったり怒られたりし、でもその先にみんなで音を合わせた合奏ができ、その達成感を共有しているという,実に深い喜びであった。

 これが終わると、2年生はいよいよラストスパート。3年となり、夏コンにまっしぐらとなる。1年生は、後輩を受け入れ、指導される側から指導する側へと変わる。昨年美奈たちが苦労したように、どうやって1年生をまとめていくか、今の段階でその不安など無かった。

 心は一気に切り替えて、夏コンに向けての全てのチャレンジが始まるのであった。

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※ この物語は、弊社Facebook「ハルチカタクシー」と連携し、とある、地方中学校を舞台に繰り広げる、無謀かつ純粋な挑戦の記録です。
※ ストーリー全体はフィクションでありますが、一つ一つのエピソードは実話を基に、アレンジをして書かれています。
※ 登場する実在の学校、団体、個人等と、全く関係・関連はありません。
※ この作品「めざせ!東海大会♪~ある吹奏楽部の挑戦~」は、著作物であり、版権は著者に依存します。無断転載、転用はお断りします。
※ 原作者(著者):ホルン太郎 なお、この作品は、取材で集めた実話をヒントに新たに書きおろしたフィクションです。